ケーススタディー
グリーンディスプレイ青年過労事故死事件画期的勝利和解-通勤帰宅途上の過労事故死にも会社に安全配慮義務違反を認める(弁護士 川岸卓哉)
2018年6月5日 火曜日
1 過労運転を原因とする通勤災害に安全配慮義務違反を認める
2014年4月24日、株式会社グリーディスプレイで就労していた渡辺航太さん(死亡当時24歳)が、長時間不規則労働と22時間勤務の末に帰宅途中に単独バイク事故を起こし死亡したことは安全配慮義務違反であったとして、横浜地方裁判所川崎支部に損害賠償請求を提訴した事件で、本年2月8日、横浜地方裁判所川崎支部は、勤途上の過労運転事故を防ぐ安全配慮義務を認定したうえで、約7600万円の賠償、謝罪をし、、会社は再発防止策として、11時間の勤務間インターバルを就業規則に明記すること、男女別仮眠室の設置・深夜タクシーチケットの導入など模範となる内容を約束しました。
裁判所は、被害者が長時間労働、深夜早朝の不規則勤務による過重な業務によって、疲労が過度に蓄積し顕著な睡眠不足の状態に陥っていたことが原因で、居眠り状態に陥って、事故死するに至ったことと、会社が原付バイクによる出勤を指示・容認していたことを認定しました。その上で、裁判所は、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務やそのための通勤の方法等の業務内容及び態様を定めてこれを指揮監督するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積したり、極度の睡眠不足に陥るなどして、労働者の心身の健康を損ない、あるいは労働者の生命・身体を害する事故が生じることのないよう注意する義務(安全配慮義務)を負うものと解するのが相当である」と判断しました。これまで、通勤帰宅途上の交通事故は、事業者の業務指揮命令外で労働者の自己責任の範囲とされ、事業者の安全配慮義務違反が問われることはほとんどありませんでした。労災認定上も、「通勤災害」は通勤経路であれば労災認定されますが、事故の背景にある過労実態について調査されることはなく、事業者も対策を怠ってきました。本件は、通勤の方法についても、事業者の安全配慮義務の範囲を明確に拡張した点で意義があります。今後、過労死、過労自殺に加えて、潜在する過労事故についても、過労死の一類型として対策が進むことが求められます。
2 「働き方改革」のなかで過労死対策を裁判所が宣言
本件は、裁判長が公開法廷で30分以上にわたり、和解勧告を読み上げるという異例の対応がされました。以下一部引用します。
「現在、あらためて「過労死」に関する社会の関心が高まっており、「過労死」の撲滅は、我が国において喫緊に解決すべき重要な課題であり、「過労死のない社会」は、企業の指揮命令に服する立場の従業員や、その家族、ひいては社会全体の悲願であるといえよう。これを達成するためには、「過労死」の防止の法的及び社会的責任を担うそれぞれの企業において、「働く人の立場・視点に立った『働き方改革』を推進して、長時間労働の削減と労働環境の誠意に努めることが求められていると思われ、そのような社会的機運の高まりがあると認められる」「本件の悲惨さと、大学卒業後に未来を絶たれた被害者の亡航太の無念さ、その遺族である原告らの悲痛な心情と極度の落胆と喪失感に思いを致すとき、社会的な意義をも有する民事訴訟を担当することのある裁判所においても、無視することは許されないと思われるのであり、当裁判所は、本件事故に係る本件訴訟の解決の在りようについて、真摯に、深甚に、熟慮すべきであると考えるところである」「亡航太の地球より重い生命を代償とする貴重な教訓として」「被告が、むしろ、本件を契機に、多数の従業員を擁する企業として、「過労死」を撲滅することを約し、二度と「過労事故」を生じさせないことを宣言して、社会的責任を果たしていく、在るべき企業の範たるものとなり、その先駆けとして、今後も、被告における長時間労働を削減し、労働環境の整備を実行し、これらを継続していくことが望まれるのであり、期待される」「亡航太の遺志に沿うもように思われるところであり、慰霊のための何よりの策となると考えられるのである。」
裁判所の読み上げたこの和解勧告は「働き方改革」のなかで司法として過労死対策を宣言したといえるものです。「働き方改革」と、航太さんの命の重みから、責務を自覚する司法。法的責任を明らかにするだけでなく、謝罪、賠償、再発防止による社会規範化により、慰霊をする決意を示したものです。
裁判所決定全文はこちらからご覧になれます→http://bit.ly/2JzpO4P
3 厚生労働省へ過労運転事故対策を求める申し入れ
今回の和解を踏まえて、3月1日、原告・弁護団と支援者は、厚生労働省へ過労運転事故対策を求め、①通院災害が過労運転が原因となっていないかの実態調査②勤務間インターバル規制の法制化③事業者に対して過労運転防止策の指導徹底を申し入れました。
EU(欧州連合)は、労働時間指令「労働時間の編成の一定の側面に関する欧州会議及び閣僚理事会の指令」(2003/88/EC)において、労働者の健康と安全を確保するため、労働時間(休憩時間)に関して、24時間につき最低連続11時間の休息を取ると、定めています。EUの勤務間インターバル規制では、週休1日と合わせれば時間外労働の上限は月78時間となり、日本の厚生労働省過労死基準の時間外労働月80時間を下回り、ほとんどの過労死はなくせると言われています。
他方、国会で審議予定の「働き方改革一括法案」は、労働時間等設定法を改正し勤務間インターバルを導入しますが、努力義務にとどまり、実効性は期待できません。過労死の撲滅のためには、EUの最低基準である11時間の勤務間インターバルの速やかな法規制化が不可欠です。
4 最後に 司法を覚醒させたものはなにか
本件の裁判所の気概ある和解決定を機に、過労事故がメディアでも多数報道され、社会問題として広がりつつあります。「司法の良心」を覚醒させたものはなにかについて、触れたいと思います。
先ず何よりも、短くも生涯を閉じた航太さんを想う母、遺族原告の渡辺淳子さんの魂を削った訴えが、多くの市民やメディアを突き動かしてきました。提訴以来、多数のメディアで報道され、毎回の裁判所期日では、支援者によって傍聴席を埋められてきました。さらに、非公開和解期日も多数の傍聴人が駆け付け調停室を包囲していました。これらの支援者の声は、全国から合計1万5000筆以上の署名となり、毎月裁判所に提出されました。このような多くの声に応え、裁判長は、和解期日で、「私にも航太さんと同じ年の息子がいる。我がことと考えて書いた」と今回の和解決定を出す決断を後押しし、裁判官を官僚から人へ変えることができたのだと思います。原告の必死の訴え、多くの支援者の運動、過労死の撲滅を願い二度と被害者を繰り返してはならないと願う広汎な世論の力、そして人権救済の砦としての責務を深く自覚した司法の良心が一体となり、実現したものと考えています。
最後に、和解決定を受けての声明の結文をご紹介します。
「本件が勝利和解によって終結しても、航太さんが淳子さんと共に暮らした家に帰ってくることは二度とありません。航太さんの短い生涯と引き替えに残されたこの和解が、地球よりも重い一人ひとりの命を大事にする社会を創る希望となることを願うものです。」
以上
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