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かわさき市民オンブズマンによる川崎市市民ミュージアム住民訴訟(弁護士 渡辺登代美)
2024年4月4日 木曜日
渡辺登代美弁護士については、こちらから
1 川崎市市民ミュージアム
川崎市市民ミュージアムは、「都市と人間」を基本テーマに掲げ、1988年11月に開館した複合文化施設である。川崎市の成り立ちと歩みを考古、歴史、民俗などの豊富な資料で紹介する博物館と、市ゆかりの作品のみならず、都市に集まる人々の刺激から生み出されたポスター、写真、漫画、映画、ビデオなど、近現代の表現を中心に紹介する美術館の2つからなり、その両面から収集された多彩なコレクションと独自性のある企画を館の特色とした。とくに漫画・写真分野に関しては、日本の公立施設でもっとも早く収集・展示をスタートした美術館として発展してきた。
2 市民ミュージアムの収蔵品
収蔵品には、以下のとおり、市民ミュージアムにしかない貴重なものが多数含まれている。
① 文化勲章受章者の安田靫彦の「草薙の剣」(8千万円)、ロートレック等1890年代以降の欧州のポスター925点(4億9千万円)、企業のポスター600点余り(1260万円)
② 寄贈された「法隆寺観音像の下絵」や「大観先生」の試作等150点。江戸期の肉筆画帳や諷刺漫画家、清水崑等の原画、貴重な雑誌。藤原鎌足の筆など著名な書跡(国宝級)。膨大な数の昔の民具や生活道具等2度と収集できない民俗資料等
③ 寄託されている岡本太郎の母、岡本かの子の直筆原稿、父、一平の肉筆画等。写真界の芥川賞と言われる朝日新聞社主催の木村伊兵衛賞の受賞作品の写真全部(寄託)。ソビエト時代のドキュメンタリー映画(エイゼンシュタインの「メキシコ万歳」も)、日本映画美術監督協会の創立者の一人、黒澤明監督の美術を担当した久保一雄のスケッチ、映画セットの原画
3 指定管理者制度の導入
市民ミュージアムの入館者は、開館2年目の1989年には30万人を超えたが、2000年には8万人台と大幅に減少し、2004年2月には、包括外部監査から、「民間であれば倒産状態」と指摘されていた。
このような状況の下、2017年、「民間事業者としての柔軟な発想及び独創性、さらにはこれまで蓄積してきた研究成果を引き継ぎ、サービスの向上や魅力ある企画の実現など、事業の充実と新たな来館者の創出に向けて創意工夫するとともに、効率的な運営に努めること」などが期待されて、指定管理者制度が導入された。
指定管理者に選定されたアクティオ・東急コミュニティ共同事業体は、大規模な博物館等の運営経験がなく、本社の管理職は、収蔵品を見ることさえしなかった。アクティオの関心は、イベントと外部の企画による展示数及び集客数の増加にしかなく、収蔵品の活用、維持管理、水害等に対する減災には興味がなかった。
アクティオは、学芸員の給与を7割減額し、大半の学芸員が辞めていくままにしたばかりか、これに抗した副館長を雇止めにした(副館長は提訴し、勝利的和解解決を勝ち取った。辞職した学芸員の中には、他都市の博物館の館長や大学教授に就任した者もいた。
4 かわさき市民オンブズマンの問題意識
かわさき市民オンブズマンは、専門職である学芸員不在の状況を作出する指定管理者制度に問題があると考え、果たして指定管理者に適正な収蔵品の管理ができているのかどうかを検証すべく、情報公開請求によって収蔵品及び保管場所のリスト等の公開を求めた。
上記元副館長の協力を得て、収蔵品リスト等を検討していったところ、様々な不備が発見され、それらについて、再度川崎市に対して質問状を出してやり取りしていたところ、次の水没事故が発生した。
5 収蔵品の水没事故
市民ミュージアムが設置されていたのは、多摩川の旧河道で、川崎市が策定した2018年版ハザードマップでは、想定浸水深5~10mとされていた。そのような浸水が予想されるエリアにあって、収蔵庫は、何ら防水対策を施されることなく、地下に設置されていた。
2019年10月12日、1958年の狩野川台風に匹敵すると予報されていた台風19号により、市民ミュージアムの地下1階に推定16,000㎥の水が流入し、収蔵室の床上1.95m~2.55mが浸水した。
このため、収蔵品約26万点のうち、22.9万点が水没するという壊滅的な被害を蒙った。川崎市によれば、被害額は、収蔵品42億円、設備30億円と推計されているが、発表時に被害の全容が把握されていたわけではない。
凄まじい被害を目の当たりにし、1997年のかわさき市民オンブズマン設立以来代表幹事を務めてきた故篠原義仁弁護士が中心となって、事故の責任を問う裁判を提起した。
6 損害賠償請求住民訴訟
住民訴訟では、川崎市および関係職員等には、そもそも収蔵品の地下収蔵をすべきでなかったこと、地下収蔵をするなら浸水対策をすべきであったこと、台風が近づくときには収蔵品の避難移動をすべきであったこと、降雨時には土のうの設置等の応急措置をすべきであったのにしなかったことの管理上の過失があるとして、川崎市に対し、管理に対して責任を持つ、①市長②担当局長③担当課長④指定管理者の4者に対して損害賠償請求を行うべきとの請求をした。
台風の襲来に際し、地域住民は、玄関の前に土のうを積む、1階の貴重品を2階に上げる、地下駐車場の車を移動させるなどの被害予防措置をとった。ところが市民ミュージアムでは、関係職員等が収蔵品の保全について検討した形跡は全くない。市も指定管理者も、入館者の増加ばかりを追い求め、市民の重要な文化財の保管を託されているという本来の重要な任務を疎かにしていた。経験のある学芸員には、自分たちが集め、展示している収蔵品に対する「愛」がある。指定管理者には、それがない。
川崎市市民ミュージアムには、学芸員、総務、事務職等、常勤職員が約31名おり、設備として超大型エレベーターが2台、超大型台車4台、中型台車6台常備されている。従って、職員を早期から現場配置し、エレベーター等の機材を利用して、収蔵品を地下から上層階へ移動することが可能であった。セーヌ川沿いにあるルーブル美術館やオルセー美術館では、洪水の危険がある場合、事前に収蔵品を上階や他の場所に避難させている。
裁判所は、現地進行協議を行なうなど、原告の主張を丁寧に聞いたものの、2024年2月28日の判決では、洪水のハザードマップはあるが当時は内水氾濫のハザードマップがまだなかったとして予見可能性を否定した。
しかし、当該市民ミュージアムが低湿地にあり、水害の危険が予想されたのは、内水でも外水でも同じである。裁判所は水害の危険を内水氾濫の予見可能性という意味に狭く捉え、行政の責任を不当に狭くしている。
2024年3月18日、かわさき市民オンブズマンは控訴を行なった。
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