トピックス
台風19号多摩川水害川崎訴訟 提訴の報告(弁護士 川岸卓哉)
2021年4月23日 金曜日
1 提訴の概要
2019(令和元)年10月12日、多摩川流域に台風19号が襲来した。同台風は、日本各地に大雨をもたらし、多摩川の河川水位も、大雨により大きく上昇した。市内の住家被害は、全壊38件、半壊941件、一部損壊167件、床上浸水1198件、床下浸水379件に及んだ。市内の浸水被害の多くは、市内から多摩川へ注ぐ5か所の排水樋管のゲートが閉じられなかったため、多摩川から市街地へ逆流した泥水が原因で、110haもの広範な地域を浸水させた。
2021年3月9日、横浜地方裁判所川崎支部へ、川崎市を被告として、原告72名が、慰謝料共通100万円、家屋、家財、休業損害等の損害賠償合計約2億7000万円を求めて提訴した。
2 水害の実相
雨が降りしきる中、自宅や職場の周囲に濁った泥水が迫り、あっという間に建物内への浸水が始まった。停電による暗闇の中、水に浸かって、あるいは救助隊のボートに乗って、命からがら避難した者。一晩中、自宅が倒壊して流されるのではないかという不安を抱えながら自宅内にとどまった者。いずれも、生命身体への危険に直面し、恐怖した。水が引いた後も、平穏な日常生活に戻るまでに長期間を要した。
大量の泥水による悪臭の中、室内から泥をかき出し、水没した家財を処分しなければならなかった。その一つ一つに家族の歴史や思い出が刻まれていた。
一時避難した者は、公民館や体育館などの避難所や仮住まいで不便な生活を強いられ、自宅にとどまった者も、トイレや風呂を利用できない、食事や寝る場所を充分に確保できない、衣類が水没して着るものもままならないといった衣食住にかかる不便に耐えねばならなかった。このように、本件水害は、原告らの財産のみならず、生活環境、家庭生活や職業生活を含む生活基盤を毀損した。憲法13条で保障されている人格権の一内容である、平穏生活権を侵害したのである。
3 川崎市の責任
川崎市は、「ゲートの「操作手順」に従って、決められた水位の時点では降雨のおそれがあり、ゲートを閉めた場合には住宅地の雨水、汚水が氾濫する可能性があったため、閉めなかった」と説明していた。
そもそも、台風19号は、事前から、その勢力が相当強いものとして警戒呼びかけられていた。当日12日は早くから洪水警報、大雨警報が発令、多摩川上流の小河内ダムも放流が繰り返され、多摩川の氾濫注意情報も発表されたいた。多摩川の水位が度上昇し、ゲート周辺の地盤高に達し、逆流の危険性があることは予測可能の状況であった。
川崎市の各排水樋管ゲートの「操作手順書」には、ゲートの閉鎖を総合的判断すること、「適宜河川水位を観測し、総合的にゲート開閉を判断する」と明記された。水位が周辺地盤高に達すると逆流の危険性が高まるので、そのような水位に至った場合には、「操作手順」に従って、ゲートを閉めるべきであった。さらにはその後刻々と変化する多摩川の水位と具体的な溢水の状況に応じて、ゲートを閉めるべきであった。にもかかわらず、川崎市当局は、ゲート閉鎖による内水氾濫を恐れるあまり、多摩川の水位の上昇という重大な事実を考慮せず、甚大な被害が拡大したのである。
他方、同じ多摩川の対岸の東京側の自治体、狛江市、世田谷区、大田区などでは、ゲートを閉めており、川崎市のみゲートを閉めなかった判断のおかしさが浮き彫りになっている。川崎市の新たな操作手順書案も周辺地盤高に達した時点でゲート閉める旨の記載に変更され、「逆流による被害をなくすため、管内水位が付近最低地盤高に達した時点で、排水樋管ゲートを全閉とする」となったことは、責任を自ら認めているに等しい。川崎市の責任は免れない。
4 本件の意義
多摩川は、古来から「あばれ川」であり、周辺地域は水害に見舞われてきた。
1914年には、多摩川・川崎側の無堤防地帯での度重なる洪水に耐えかねて、住民数百名が「編み笠」をかぶって神奈川県庁に大挙して押し寄せ、当時の神奈川県知事に直談判をした「アミガサ」事件が起こった。この事件を発端に、住民は、神奈川県、さらには国をも動かし、多摩川築堤が進んでいった。
多摩川堤防の整備が進む一方、堤防より低い地域では、内水氾濫の被害を受けるようになった。1960年代の急激な都市化とともに、川崎の上丸子山王町地区では、「雨が3粒降れば水たまりができる」と言われるほど氾濫が頻発していた。住民は、地域一体となって運動をおこして川崎市を動かし、1964年に設置されたのが、本件排水樋管の一つ、山王排水樋管であった。設置後、山王排水樋管は、地元の消防団がゲートの開閉をおこない、台風が来る度に多摩川からの逆流を防ぐ役目を全うした。やがて、排水樋管のゲート操作は地元住民から川崎市へ、その責任の所在を移していった。多摩川に沿って広がる川崎市にとって、治水は、市民の生命身体、財産を守るための、最も重大な責務であるにも関わらず、これを怠り、本件水害は引き起こされた。
多摩川周辺に住む者にとって、治水は、平穏な生活を営むための基礎的な願いであり、要求であり続けてきた。本件訴訟も、原告ら被災者が、「川崎を水害なく安心して暮らせる街」とするため、川崎市の責任を明らかにし、被災者の生活再建と、再発防止を求め提訴したものである。
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|日本通運川崎支店無期転換逃れ訴訟 控訴声明(弁護士 川岸卓哉)
2021年4月12日 月曜日
【プレスリリース】
日本通運川崎支店無期転換逃れ訴訟 控訴声明
2021年4月12日
日本通運川崎支店無期転換逃れ訴訟弁護団
本年3月30日、横浜地方裁判所川崎支部(飯塚宏裁判長)において、日本通運無期転換逃れ訴訟について、原告の雇止めを有効とする不当判決が言い渡されました。これに対して、本日4月12日、東京高等裁判所へ控訴したことをご報告するとともに、以下控訴にあたっての声明をお送りします。
1 本件の概要
原告は、日本通運川崎支店において、派遣社員を経て、2013年より、1年契約更新の有期労働契約で直接雇用された。その後、契約更新は4回され、無期転換申込権が発生する通算契約期間5年のわずか1日前、2018年6月末日をもって、期間満了による雇止めされた。これに対し、原告は、雇い止め無効を主張し、横浜地方裁判所川崎支部に提訴したものである。
無期転換ルールは、我が国において増え続ける非正規雇用労働者を、会社が「雇用の調整弁」として差別し使い捨てることへの歯止めをかけ、労働者の雇用の安定を図ることを目的として、立法されたものである。しかし、日本通運の本件雇止めは、無期転換ルールの法の趣旨を真正面から否定し、無期転換を阻止することに目的があった。そのため、本件雇用契約書には、派遣を経て最初の直接雇用契約当初から「当社における最初の雇用契約開始日から通算して5年を超えて更新することはない」という、いわゆる不更新条項が挿入されていた。
2 大企業日本通運に忖度し非正規労働者の切り捨てを容認 法を死文化させる不当判決
判決は、労働契約法19条の雇用継続への合理的期待について、直接雇用当初から5年の更新上限を認識、合意していたことだけを重視し、同条が定めた考慮要素に該当する事実による期待の合理性を一切否定した、契約書への署名押印のみを重視する形式的判断となった。
原告が派遣から直接雇用へ切り替わる際に熟慮期間なく5年の更新上限に同意をさせられた経緯から、不更新条項の同意を無効とすることは、本件の特殊性であり、最大の勝負所と考えていた。この点について、判決では、山梨県信用組合事件最高裁判決の射程ではないとしつつも、「自由意思を阻害するか」について判断したうえで、非正規労働者の置かれた立場「労働者としては署名を拒否して直ちに契約関係を終了させるか、署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるか」二者一択を、「短期の登録型派遣か、比較的長期の有期雇用契約か」の二者一択にすり替えて、5年の更新上限に合意しても自由意思を阻害するものではないと認定し、有期雇用契約労働者の置かれた立場に対する理解・共感を欠く判断となった。
また、判決は、更新上限の公序良俗違反性についても,「次期更新時で雇止めをするような、無期転換阻止のみを狙ったものとしか言い難い不自然な態様で行われる雇止めであれば無効となる」としながら、本件は、労働組合との労使協議を経た一定の社内ルールが「経営理念」を示したと評価され、5年直前の雇止めでも労働契約法18条の潜脱とはいえないと判断した。しかし、その「経営理念」の実態が、正社員組合を共犯関係に非正規使い捨ての合意であり、しかも結果として実態にあわず崩壊している点について、判決は目をつむった。
本判決は、大企業日本通運に忖度をし、非正規労働者を軽視し、差別的扱いを是認する裁判官の固定観念ともいうべきものが根底にあることが見て取れるものであった。本件のように、当初より不更新条項が契約書に記載されていた内容でも、契約締結せざるを得ない立場の弱い労働者は潜在的に多数存在する。本判決は、労働契約法18条の無期転換ルールを不更新条項によって死文化を是認するもので、原告のみならず同様の立場に置かれた多くの非正規労働者の将来を閉ざす極めて不当な判決である。
支援共闘会議は、勝訴判決を勝ち取るべく、川崎駅頭での毎月宣伝や、同じく日本通運を相手に東京で無期転換逃れを闘う原告及びユニオンネットおたがいさまの闘いと連帯し、日本通運の法をないがしろにする暴挙へ、批判の声を広げる運動を積み上げてきた。裁判所宛に早期・公平な判決を求める約1万筆を超える署名を全国各地から集め、提出して要請を行ってきた。また、判決直近には140の労働・市民の団体署名を基に各団体が訴え、幾度にわたり裁判所要請も展開したが、裁判所はこれに応えなかった。控訴審である東京高裁では、原告、弁護団、支援共闘会議のみならず、同じく日本通運を相手に無期転換逃れを争い東京地裁で不当判決を受けた日本通運東京ベイエリア支店事件の弁護団とその支援とも共同し、逆転を目指して闘っていく決意を固めている。
3 2021年度見直しの年を迎える無期転換ルール 改正の方向性
労働契約法18条の改正附則3項で、「同施行後8年を経過した場合に、施行状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとされたものであること。検討の対象は、法第18条、すなわち無期転換ルール全体であること。」とされ本年2021年4月がその8年目を迎え、国民的世論を作り、無期転換ルールを前進させる絶好の契機となる。
(1)法改正の方向 ① 不更新条項の無効化
この間、無期転換逃れ事件についての各勝訴判決、契約更新の途中から法改正に対応して不更新条項が挿入されたものがほとんどであり、裁判所はその同意への有効性を慎重に判断し、雇止めを無効とした。他方、今後は、本件日通事件のように契約締結当初から更新上限が設けられるものが主流になってくると、裁判例からは、その無効を主張するのは困難となる。立法で、解雇濫用法理を脱法する目的の更新上限を無効化することが、労働契約法18条を死文化させないために不可欠となると思われる。
(2)法改正の方向 ② 無期転換申込権が発生するまでの期間の短縮化 3年へ変更
労働契約法18条の立法過程では、政府の労働政策審議会で、無期転換申込権発生までの期間を、労働側は3年、使用者側は7年を主張し、政治的妥協として5年と決まった経緯があると聞いている。しかし、日本通運ですら3年で正社員化の新制度を採用しているとおり、無期転換申込権発生には3年で十分と考える。また、多くの企業で、近年は更新上限を脱法意図の強いぎりぎりの5年から、3年に変更している傾向もある。2021年度の見直しでは、あらためて、3年での無期転換を容認する法改正の機運を高めることが求められる。
4 結語
支援共闘会議及び全国の支援者、原告・弁護団は.約三年間の闘争を支えられたご家族の労苦に敬意を表すると同時に、本不当判決を乗り越え、2000万人ともいわれる非正規労働者の権利を前進させ、本争議の一日も早い解決に向け、全力で闘い抜く決意である。
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