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特定秘密保護法の成立にあたって/岩村 智文 2014.3
2016年8月17日 水曜日
「何が秘密か、国民や政治家に知られないまま、官僚が秘密をどんどん増やせる、大きな欠陥を抱えた特定秘密保護法案」(朝日新聞)が強行採決された。世論調査にみられるとおり、国民の多数が反対しているにもかかわらず、政府与党は、数を頼みに法案の成立に猛進した。議事録速報を見ても法案が参院特別委員会で成立したと認めらる記載がない、といった手続的にも疑問の多い国会審議であった。
法の問題性は、成立直後に現れた。石破発言である。法案審議段階で、国会前での拡声器を使った反対運動をテロ呼ばわりしたことでも時の人となったが、成立後の発言は、法によって知る権利が危うくなったことを如実に示すものとなった。石破茂自民党幹事長は、日本記者クラブなどで「報道することによってわが国の安全が危機に瀕することがあれば、何らかの方法で抑制されることになるだろう」「国の安全に大きな影響があると分かっているのに、報道の自由として報道する。処罰の対象とならない。でも大勢の人が死にました、となればどうなるか」と述べたという。前者の発言は後に訂正したというが、後者はその訂正後の発言である。結局、石破幹事長は、秘密を報道の自由の名の下に報道してはならない、自粛すべし、と報道機関に求めているのである。石破発言は、法が、知る権利に奉仕する報道機関の役割を否定するものであることを示す何よりもの証左となったいえよう。また、石破幹事長は、記者から「かつてニューヨークタイムズが秘密文書ペンタゴンペーパーズを暴露したが、こうした報道も罰せられるのか」と問われ、「最終的には司法の判断だ。内容によるのではないか」と答えたという。報道機関が「秘密」を暴いて報道したとき、それは捜査の対象になり、逮捕、捜索・差押え等が行われることを示唆した、といえよう。「秘密」への接近、取得、暴露等の行為があったときにもっとも重視すべきは、警察による逮捕、捜索・差押え等がなされてしまうことである。後に訴訟において無罪になったとしても、捜査段階で受けた痛手は取り返せるものではないからである。ここからも法の危険性がその裂け目から見えてくる。
冒頭で触れたとおり、何が秘密かも秘密であり、秘密は増殖する。ここに好個の例がある。かつて那覇市長が自衛隊那覇基地内のASWOC(対潜水艦戦作戦センター)建築図面を市民の求めに応じて公開しようとしたことに対し、国が差し止めと公開処分禁止を求めて裁判となった。私も那覇市長の弁護団の一員となったのだが、那覇地裁は、那覇市長勝訴の判決の中で同建物の秘密性を認めなかった。この建物は、現在、沖縄都市モノレールからも見ることができ、自衛隊第5航空群のホームページでも写真が掲載されている。ところがである。沖縄タイムズ(11月21日付)によれば、同紙がこの建物の撮影を自衛隊に申し入れたところ、「場所を知らせることで第三者にねらわれる可能性がある」との理由で、拒否された、という。第三者に知られないようにとの理由では、秘密は際限なく広がってしまう。基地、ロケット発射地、原発の所在場所、護衛艦等の入出港、等々少し考えただけでもそれは果てしなく広がっていく。とにもかくにも、裁判所が秘密でないと言おうが、モノレールから見えようが、ホームページに掲載されていようが「秘密」は「秘密」なのだ。こうした異様な例は、かつての日本では普通だった。
1987年4月発行の横浜弁護士会編『資料 国家秘密法』(花伝社)には、戦前の日本の秘密保護法制の適用実態の具体的事例が数多く紹介されている。「広島へ帰る船中で呉軍港内の軍艦を指して、その性能、構造を他の乗客に説明」「三菱重工の従業員が自宅で兄に、爆撃機の発動機が双発であると話した」「土地分譲宣伝のため、印刷物に海軍電気通信所の全景を掲載」「宇佐航空隊格納庫と滑走路の一部を撮影」等々が軍機保護法違反とされた。沖縄タイムスに対する自衛隊の対応を見ると、こうした事例がたんなる戦前の話として聞き流すわけにはいかなくなる。
特定秘密保護法は、知る権利、報道の自由への侵害法としてだけでなく、日本の安全保障政策に深く関わっている。
自民党が策定した「防衛を取り戻す 新『防衛計画の大綱策定に係る提言』」(2013年6月4日)は、基本的安全保障政策として次のとおり今後の施策を提起している。
①憲法改正と『国防軍』の設置
②集団的自衛権の容認、国家安全保障基本法の制定
③国家安全保障会議(日本版NSC)の設立
④情報の官邸一元化、「秘密保護法」の制定
⑤国防の基本方針の見直し
⑥防衛省改革
上記のとおり、特定秘密保護法は、日本のこれからの安全保障政策の一環として位置づけられ、集団的自衛権容認、国防軍設置、憲法改正へ連なり、展開していくものなのである。日本版NSC、特定秘密保護法は成立した。上記のうちの③④が今国会ですでに実現した、ということだ。それに加え、安倍政権は12月11日「新防衛大綱」の基本理念を「統合機動防衛力」とするとともに、武器3原則を見直し、国家安全保障戦略に愛国心を盛り込むとし、12日には今後5年間の防衛費を24兆7000億円へ増額することを決定した。こうして⑤⑥も着実に実施されつつある。残るは①②ということになるが、集団的自衛権については、内閣法制局長官人事、政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」での議論に見られるとおり、憲法9条の解釈変更での実現がねらわれ、国家安全保障法の制定も近いといえよう。これは法による改憲だ。
「秘密の次は共謀か」と朝日新聞、「内閣支持率の急落もなんのその、安倍晋三首相が『警察国家』『戦争できる国』に向けて一気にアクセルを踏み込んだ」と東京新聞は報じた。「捜査機関による濫用の恐れ」「市民団体等の活動が処罰対象になりかねない」と危惧されているが、特定秘密取得罪等への共謀の罪がより一般化して、事前の話し合いだけで処罰される法ができたなら、それは言論抑圧・社会統制法の役割を果たすことになろう。
いまや、日本は、憲法秩序と異なる統治システムに変わる分岐点にさしかかっている(同旨青井未帆学習院大教授)。日本国憲法そのものの存在が問われている時代だ。澎湃としてわき起こった秘密保護法反対運動を力に、日本国憲法そのものの存在を守る運動が期待される。
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