トピックス
勝英自動車学校事件・14年目の亡霊(弁護士 藤田温久)
2020年2月10日 月曜日
1 「退職届を出さない者は営業譲渡先の会社に雇用しない」として19年前に解雇され14年前に解雇の無効が最高裁において確定・全面勝利したあの閉鎖解雇争議の金字塔:大船自動車学校解散解雇事件(以下「勝英自動車学校事件」)で、再び亡霊が動き始めた。
2 事案
(1) 全株式の取得
株式会社勝栄(岡山県)は、2000年10月、大船自動車学校(「湘南センチュリーモータースクール」に変更)を経営する大船自動車興業株式会社(以下「大船興業」)の100%株主であるA社が所有する大船興業の株式を全部取得した。
(2)突然の解雇予告と退職届
新経営陣は全従業員に対し、11月16日、「11月末日までに退職届を出さない者は12月15日をもって大船興業を解雇する。11月末日までに退職届を出した者は、勝栄に正社員または契約社員として雇用し大船興業に出向させる」旨を通告した。
しかし、退職届を出すことは、勝栄の劣悪な労働条件への切り下げ(労働時間の大幅延長、大幅減給)、「全員課長」(名目だけの1人課長、残業代不支給、組合脱退を図る)などを認めることに他ならず、神自教大船自校支部(以下「大船支部」)は退職届を提出せず団交を求めた。
(3) 営業譲渡と解散
大船興業は勝栄と、同年12月15日、「湘南センチュリーモータースクール」の営業全部を譲渡する契約を締結した(以下「本件営業譲渡契約」)。
また、大船興業は、前同日、臨時株主総会で、本件営業譲渡を承認し、同社の解散を決議し、大船支部員らを全員解雇した。
12月16日、退職届を出した従業員は勝栄に雇用されたが、大船支部員らは雇用されなかった。9人の大船支部員は、地位確認などを求め提訴した。
3 横浜地裁判決(2003年12月16日・福岡右武裁判長)
(1) 解雇の効力
① 大船興業と勝栄は、遅くとも本件営業譲渡契約締結時までにa「営業譲渡にともない従業員を移行させることを『原則』とする」、しかしb「相当程度の労働条件切下げに異議のある従業員を個別に排除する『目的』達成の『手段』として、退職届を出した者を勝栄が再雇用し、退職届を出さない者は解散を理由に解雇する」と合意した、
② ①の合意は、aは有効だがbは民法90条(公序良俗)に反し無効である。
③ 本件営業譲渡契約中の「勝栄は大船興業の従業員の雇用を引き継がない。但し、11月30日までに再就職を希望した者は新たに雇用する。」との規定は、①bの『目的』に沿うように符節を合わせたものであり、同様に民法90条(公序良俗)に反し無効である、
④ 以上、原告らに対する解雇は、形式上解散を理由にするが、①bの『目的』で行われたものであり解雇権の乱用として無効である。
(2) 労働契約の承継の有無
原審判決は、営業譲渡契約に伴う「当然承継」は否定し、譲渡人と譲受人の特別の合意を要するとした上で、(1)④により原告らは解散時に大船興業の従業員としての地位を有することになり、(1)①の合意aの『原則』通り営業譲渡の効力が生じる2000年12月16日に労働契約の当事者としての地位が勝栄との関係で承継される、とした。
(3) バックペイも全面的に認容された。
4 東京高裁判決(2005年5月31日・西田美昭裁判長)
(1) 解雇の効力・労働契約の承継の有無
本判決は、原審判決のうち、(1)解雇の効力(2)労働契約の承継の有無についての判断は、全面的に支持した。
(2) バックペイ
他方、会社側が、控訴審で本格的に主張し始めたバックペイの減額を図る主張について、新たに正当な判断を下した。すなわち、会社は、バックペイ算定の基礎としての平均賃金額算定に当たって、①現実的に勤務して初めて認められるものである時間外手当及び休日手当、②教習内容、時間により支給される路上教習手当、高齢者教習手当、③実費補償的手当である食事手当等の控除を主張した。しかし、本判決は、①②③各手当の意義を分析した上で、会社の責めに帰すべき事由により労務の提供という債務の履行が不能であることから、会社は民法536条2項本文により賃金支払義務を負うのであり、労働者らが現実に労務に従事することができないことは民法536条2項本文が適用される場合に当然に予定されているところであるから、現実に勤務しないことを理由に①②③各手当を平均賃金額算定の基礎から控除することはできない、としたのである。
(3) 弁護団は、直ちに、会社取引銀行等に仮執行をかけ、本判決確定までのバックペイ全額を確保した。
5 最高裁判決(2006年5月16日)
最高裁は、平成18年5月16日、会社の上告を棄却し、上告受理申立を受理しない旨の決定を下した。
6 その後の経緯
(1) 勝栄は控訴審係属中(和解継続中)に㈱湘南センチュリーモータースクールという会社を設立し、「湘南センチュリーモータースクール」を再び営業譲渡した。勝栄に対する勝訴が確定しても支部員らを職場へ復帰させないため、更には遠方へ配転するため(この間、勝栄は続々と傘下の自動車学校を分離し独立法人化しており、現時点で勝栄直営の自動車学校は岡山の本校のみとなっている)の悪辣な策謀だった。
(2)会社は、最高裁判決確定後の分の賃金支払いを拒否したが、労働者側が先取特権に基づく差押等の法的手段を講じることで任意支払の協定締結に応じた。にも拘わらず、繰り返し賃金支払を懈怠し、その度に謝罪して支払を再開してきた。
他方、会社は「湘南センチュリーモータースクール」への復職は拒否し続け,予想通り、原告らに対し岡山への就労請求を何度か行い解雇の脅しをかけてきた。しかし、労働者側は新たな提訴も辞さない構えで臨み、会社は原告らの反論に抗することができずいずれも撤回してきたものである。
(3)こうして、会社は13年間の長期にわたって原告らに賃金を支払い続け、定年となった労働者には退職金規程に基づく退職金を支払ってきた。
7 本件提訴
(1) 解雇当時9人(男7,女2)であった労働者のうち男性6人は既に定年退職していた。最後の男性が定年を迎えたとき、会社は、教習指導員としての資格が更新されていないから、教習指導員としての退職金は支払えないので一般事務職としての退職金のみを支払うとして大幅に減額した退職金を支払ってきた。また、残る2人の女性に対しては、岡山への就労請求を行い、就労の実態がないとして賃金の支払を拒否してきた。
(2)労働者側は、これまでの実績と協定の趣旨並びに高裁判決の趣旨からして退職金減額はあり得ないし、前述の就労妨害の法人格濫用により就労不能の状況にしておきながら就労がないことを理由に賃金を支払わないことも許されないとして、未払退職金と未払賃金の支払を求める本訴訟を提訴するに至った。
(3)会社側は、大半が定年となり「弱体化」した労働者側が屈すると考えたものであろう。しかし、「どっこい、生きていた」のである。悪辣な亡霊は最後まで叩ききらねばならない。
弁護団は、高橋宏(横浜合同法律事務所)、藤田・畑(川崎合同法律事務所)である。
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