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口約束は裁判で通用するか -契約のはなし、あれこれ-(弁護士 三嶋健)
2026年8月25日 火曜日
1 社会は契約で成り立っている
社会には、契約が溢れています。契約無しには、私達の生活は成り立ちません。遠方に行くのに電車を利用しますが、電車に乗れるのは、鉄道会社と運送契約をしているからです。仕事をして報酬をもらいますが、それは相手と請負契約をしているからです。私が稼いだ報酬の大半を妻がとりあげますが、それは婚姻契約の結果です。
市民社会は、契約で成り立っているといえます。
2 口約束と契約の成立、契約書
契約は、申込をして承諾があれば成立します。たとえ、口先だけの約束でも、契約は成立します。相手が約束を守らなければ、裁判を起こし、国の力で、約束の実行を強制することも可能となります。
しかし、重要な契約には、契約書の作成が奨励されています。契約は口先の約束だけで成立しますが、契約書を作っておかないと、何を約束したかもはっきりせず、時を経れば、内容はさらに曖昧になり、終には約束したかどうかすら、わからなくなります。
「口約束はあてにならない」と言いますが、今言った事情があるからです。
3 それでも、世間は口約束が圧倒的
契約書の重要性は今述べた通りですが、世間に存在する契約の数からすれば、口約束が圧倒的多数です。スーパーで惣菜を買えば、売買契約が成立しますが、契約書は作成しません。代金と引き換えに惣菜を受け取れば取引は終了し、契約は目的を達成して用済みとなり、契約書を残す必要など無いからです。
デートの約束も、その履行は、当事者間の信頼関係が担保するので、契約書の作成など思いもよりません。デートをする間柄だと、金の貸し借りすら、相手を信頼して契約書を作成しない場合が多いでしょう。
4 口約束から10年以上、口約束を裁判で問えるか
契約書が証拠として威力を発揮するのは、時の経過が人の記憶を奪い、当事者の関係も含めて、契約時と、事情ががらりと変わってしまったときです。
それでは、口約束の後、10年以上の月日が流れ、約束した相手すら死んでしまった場合、「契約書なしの口約束は、裁判で通用しないか」といえば、そうでもありません。
契約書のない約束の存在を裁判で争ったことがありますので、その紹介をします。
(1) 亡き父との口約束
依頼者は、その夫が建物を新築するときに、父の所有地を敷地として利用しました。父が、娘への愛情から、ぜひ使って欲しいと頼んだからです。無料使用は、甘えすぎなので、賃料を支払いましたが、賃貸借契約書は作りませんでした。
その父が死亡して、妹と依頼者が相続したところ、事情を知らない妹は、賃貸借を否定し、長く土地を無償使用した以上、土地を明渡すか、底地を高額で買い取れと主張し、裁判をしてきました。土地の賃借は重大な財産の処分なので、親子でも契約書を作るはずだから、契約書がないこと自体、無償で借りた証拠だとも主張しました。
(2) 送金の記録
依頼を受けた私は、父への送金を記録した通帳を探し出してもらい、証拠として提出しました。そして、契約書こそないが、家を建てた時期から、送金が始まっているので、送金が敷地の利用料の支払であることは間違いなく、賃貸借契約が成立しているのは明らかだと主張したのです。
この主張に対して、妹は、送金は両親の生活費の援助だと反論しました。長女が賃料を払ったのは、これまで育ててもらった恩返しの気持ちもあったので、その反論も、全くのデタラメではなく、事実の一面を反映しています。
しかし、①父は裕福で娘の仕送りを宛てにする必要はなかったし、②送金した金額は、親孝行の趣旨にしては多額だったので、賃料の支払であることは明らかでした。私は勝訴を確信しました。
(3) まさかの敗訴
結果は、まさかの敗訴でした。
依頼者の夫が長期の海外出張をし、依頼者も含めて家族全員が海外で生活をした時期がありました。裁判官はそこに着目したのです。
海外滞在中、一家は家を利用していない。それにもかかわらず、その間も送金をしている。利用に関係なく送金している以上、その送金は利用の対価である賃料の支払ではなく、生活費の仕送りだとしたのです。
(4) 猿も木から落ちる
私は、敗訴の結論を聞いて驚き、次いで、敗訴の理由を読み、愕然としました。
確かに、海外出張の間、家を利用していないのは事実です。しかし問題になっているのは、借地契約であり、借家契約ではありません。海外滞在中も家は父の土地上にある以上、賃料の支払義務を免れません。
海外滞在中も送金しているから、その送金は賃料ではなく、生活費だというのは、とんでもない間違いです。
私は控訴し、一審判決は取り消されました。優秀な裁判官も時には間違う、猿も木から落ちると言う希少な事態を目の当たりにした経験でした。
5 現実問題は一筋縄ではいかない
信頼しあう人同士でも、人の心は変わるので、契約書を作っておくのが無難です。しかし、信頼で結ばれた人間関係で、後日の裏切りを想定した契約書を作るのが難しいともいえます。他方、契約書が勝訴に不可欠かといえば、そうでもありません。
現実問題の解決は、一筋縄ではいかないということです。
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