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賃金減額された場合でも差額分を請求できる場合があります。未払い賃金(残業代)の請求はお早めに。(弁護士 山口毅大)
2017年8月14日 月曜日
1 相談に至る経緯
相談者は,30年以上も勤務していた会社で,上司からの暴行,暴言により,肉体的・精神的な苦痛を受けた上,会社から些細なミスや身に覚えがないミスを指摘され,十分な説明がないまま,一方的に賃金を半分近く減額され,その挙げ句の果てに解雇されました。その会社は,相談者が残業しても,相談者に対し,一切残業代を支払ってきませんでした。
そこで,相談者は,未払賃金や未払残業代を請求すべく,知り合いの紹介で労働組合を紹介され,労働組合に加入しました。相談者と労働組合は,会社側と団体交渉を行い,会社が行った賃金減額について合意が成立していなかったとして,未払い賃金を請求するとともに,本来支払われるべき残業代が未払いであるとして未払残業代を請求しました。団体交渉の中で,会社において,相談者の労働時間を適正に把握していなかったことが明らかになりました。もっとも,会社に就いた弁護士が一切の未払賃金や未払残業代がないと主張して,相談者の請求を拒みました。そこで,労働委員会にあっせんの申立をしました。2回の期日の中で,会社側は,未払賃金や未払い残業がない上,消滅時効を援用すると主張してきました。相談者と労働組合は,この段階で和解するのであれば,最低でも200万円を求めましたが,会社側は当初,30万円,最終的に50万円までしか払わないと述べたため,あっせんは不調となりました。
その後,相談者は,労働組合員とともに労働組合と連携している弁護士に相談しました。
2 本件の主な争点
本件の争点は,①賃金減額合意が認められるかどうか,②相談者が働いた労働時間,③賃金について,消滅時効が完成しているかどうかです。
3 相談後の経緯
相談者のお話を伺うと,上司からの暴言,暴力や上司から賃金減額の合意書にサインしないとクビにすると脅されたことで,相談者は,全く納得していないまま,形だけ賃金減額合意書にサインしたとのことでした。実際に,相談者は,会社から具体的にいくら賃金を減額されるかについて,説明を受けていなかったとのことでした。証拠を精読すると,そもそも賃金減額すると合意書に書いていない手当についても,減額されていることがわかりました。さらに,その額も半額近く減給されており,不利益の程度が大きいと評価できました。他方,賃金減額後,従前行っていた業務内容に少し変更があり,それに伴って賃金が減額されたということも考えられました。ですので,賃金減額合意の有無が激しく争われるという見通しでした。裁判例では,賃金の減額等,労働条件を労働者の不利益に変更することは当該労働者の生活を脅かしかねないものであることから,その同意が労働者の真意から出たものというためには,書面等において形式上同意の意思を表明しているのみならず,これにより労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者が同意するに至った経緯及びその態様等に照らして,当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされています。訴訟であれば,賃金減額合意が成立していないという判断が示される可能性は,十分にありました。
また,相談者が働いていた労働時間については,相談者が上司に提出し,上司のチェックを受けていた日報が一部の期間だけ存在することがわかりました。そこには,出社時刻と退社時刻が記載されていましたので,この日報を軸に労働時間を立証できると確信しました。さらに,労働者自身が入社してから毎日の業務と退社時刻が記載された日報がありましたので,作業内容から出社時刻を推定すれば,労働時間のかなり部分を立証することができると考えられました。
さらに,請求していた賃金について,会社側が支払いを拒絶したために,相談者が請求していた期間のうち,9か月分について,消滅時効にかかっていました。ですが,少なくとも,労働組合があっせんを申し立てた時から遡って2年分の賃金については,相談者は,権利の上に眠っていた訳ではなく,むしろ,自らの権利行使を明確にし,労働委員会という行政機関に申し出ていると考えられることから,9か月分のうち,数ヶ月分について消滅時効は完成しないだろうと考えました。
他にも,相談者は,パワハラを受け,賃金減額された挙げ句の果てに,解雇されたのですから,パワハラや解雇についても違法であり,損害賠償請求できる事案でした。
そうすると論点が多く,複雑になるので,訴訟の方が裁判所にしっかりと認定してもらえるので,訴訟をすることも選択肢として提示しましたが,相談者と労働組合からは,早期に解決したいという強い希望があったので,原則3回以内の期日で審判を出し,訴訟よりも迅速に解決できる可能性が高い労働審判手続を選択しました。
相談者は,弁護士に依頼する以上,最低でも400万円,できれば600万円は欲しいと仰ったので,労働審判手続を申し立てる前に,会社の弁護士に,証拠関係からして,労働審判手続前の段階であれば,600万円で和解できないか交渉しました。ですが,会社の弁護士は,150万円までしか払えないとの回答で交渉が決裂しました。
そのため,労働審判手続を申し立てました。その際,日報などの記載,給与明細書,就業規則等の記載から認定できる事実を前提に,数十件に亘る裁判例や通達を検討し,考えられる最大の金額を緻密に計算して,申立書で請求しました。
第1回労働審判手続期日の結果,裁判所は,賃金減額の合意の有無について,労働審判手続では,十分に判断しきれないため,賃金減額幅を半額で計算すること,残業代請求については,一部の手当を0円とした上で,日報作成時間を若干減らされたものの,ほぼ相談者の日報に記載された労働時間を前提に未払い残業代を計算することになりました。消滅時効についても,労働組合があっせんを申し立てた時から遡って2年分の賃金については,消滅時効は,完成しないということで,内容証明郵便で請求したときよりも遡って2年以上の賃金が認められたということになりました。
第2回労働審判手続期日前にそれぞれが再計算することになっていたところ,会社の代理人が裁判所の指示を無視し,本来の時間よりも少なく計算していたので,それを指摘した補充書面を裁判所に提出しました。
その結果,第2回労働審判手続期日では,会社の誤りを指摘したこちら側の補充書面の労働時間が採用され,裁判所から700万円で和解できないかという提示がありました。会社側は500万円と言ってきましたが,最終的に,会社が相談者に対し,680万円を一括で支払う内容で調停が成立しました。
4 さいごに
形式上,賃金減額の合意書にサインしても,不利益が大きかったり,脅されたり,十分な説明がなされなければ,その合意が成立していなかったとして,差額分の賃金が請求できる場合があります。さらに,黙示の賃金減額の合意は容易に認められないとされています。
また,労働時間についても,タイムカードやICがなくとも,日報,手帳,メール,LINE,レシート,IC定期券,会社のPCのログオン,ログオフ等によって,立証することができる場合もあります。
さらに,賃金請求権の消滅時効は2年ですが,消滅時効の援用が権利の濫用にあたる場合や残業代請求ができない状況を長年作り出し,行政からも会社に対して,残業代を請求できる体制にすることを求めていたにもかかわらず,会社がかかる体制を構築しない等,違法性が強く不法行為責任が追及できる場合等といった特別な事情があれば,2年以上請求できる場合もあります。
諦めずに,まずは,ご相談ください。
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